【技術事例】Vicorの超高密度電源モジュールがSaab SeaeyeのeWROVにもたらした深海探査の革新
深海探査・メンテナンスの最前線で活躍するSaab Seaeye社の完全電動ワーククラスROV(eWROV)。従来の油圧式ROVの性能を凌駕し、環境負荷を低減するこの革新的なシステムは、極めて高い「高電力密度」「熱設計」「小型軽量化」の技術的課題に直面しました。本記事では、このジレンマをVicorの革新的なモジュール電源技術(BCM・DCM)がいかにして解決し、eWROVのブレークスルーを実現したのか、その技術的詳細と電源設計の核心に迫ります。
1. Saab Seaeye eWROVが直面した「高電力・小型化」の技術的ジレンマ
1937年創業のSaab社は「人々と社会の安全を守る」という使命のもと、水中調査やメンテナンスを安全かつ効率的に行うための革新的な無人水中探査機(ROV)を提供しています。特に、石油・ガスパイプライン、高電圧ケーブル、風力タービンなどの重要な海底インフラの点検には、高性能なワーククラスROVが不可欠です。
しかし、深海での多様な任務をこなすためのROV設計は、常に優れた操縦性と大きな積載スペースを確保するという困難を伴います。
1-1. ワーククラスROVに必要な電力と、従来の油圧式の課題
従来のワーククラスROVは、ハイパワーを実現するために油圧システムに頼ってきました。しかし、油圧式は以下の技術的・運用上の課題を抱えています。
- 効率の低さ: 油圧作動油の循環に伴うエネルギーロス。
- 環境負荷: 大量の作動油を使用することによる環境汚染リスク。
- サイズと重量: 油圧ポンプ、タンク、配管などの設置によるシステム全体の大型化・重量増加。
- メンテナンス性: 油圧システムの複雑さから、メンテナンス頻度とコストが高くなる。
1-2. 完全電動化における「サイズ・重量・放熱」のトレードオフ
完全電動化は、効率向上と環境負荷低減という大きなメリットをもたらしますが、同時に電源設計において新たな難題を突きつけます。
- 高電力密度: 油圧式並みのパワーを出すには、限られた筐体内で高出力を供給する超高密度な電源システムが必須。
- 小型・軽量化: ペイロード(積載物)のためのスペースを確保し、操縦性を高めるために、電子機器は極限まで小型・軽量化する必要がある。
- 放熱設計: 深海という密閉された環境下で、高出力の電源が発生させる熱を効率的に処理する優れた放熱性能が求められる。
2. Vicorモジュール電源による革新的なPDN (電力供給ネットワーク) 構築
Saab Seaeye社が上記の課題を解決するために選定したのが、Vicorのモジュール型電源コンポーネントを組み合わせた高電圧PDN (Power Delivery Network) です。
このPDNは、600V DC電力の伝送と高効率な電圧変換を中心として構築されています。
2-1. 600V高電圧伝送を可能にするBCM (バスコンバータモジュール) の役割
eWROVでは、ケーブルのサイズと重量を大幅に減らすために、高電圧(600V DC)での電力伝送を採用しています。しかし、この高電圧をそのまま利用できるサブシステムは限られています。
ここで中心となるのが、VicorのBCM(Bus Converter Module:中間バスコンバータ)です。
BCMは、高圧電源と低圧サブシステムの中間役として、安全かつ高効率に電力を分配する役割を果たしています。
2-2. サブシステムへの給電を最適化する高効率DCM (DC-DCコンバータモジュール)
BCMによって中間電圧に変換された電力は、オンボードコンピュータ、センサー、ビデオカメラ、照明、ナビゲーション機器といった多様なサブシステムへ供給されます。これらの機器は、通常24Vや48Vといった特定の定電圧を必要とします。
VicorのDCM™ (DC-DC Converter Module)は、以下の機能により、最終段での給電を最適化しています。
- 絶縁型レギュレータ: 広範な入力電圧から、必要な定電圧(3.3V, 5V, 12V, 24V, 48Vなど)を安定して出力。
- 高効率: ピーク効率96%**を達成し、電力ロスを最小限に抑制。
- カスタマイズ性: 幅広い入出力電圧、電力容量の選択肢があるため、PDNのサブシステム設計を柔軟にカスタマイズ可能。
3. Vicor電源モジュールが実現したeWROVのブレークスルー
Vicorのモジュール型電源の採用は、単に小型のコンバータを使用する以上の、システム全体のブレークスルーをもたらしました。
3-1. 7.8kW/in³超の電力密度がもたらしたペイロードスペースの劇的な拡大
eWROVの最大の特徴の一つは、7.8 kW/in³(キロワット/立方インチ)以下という極めて高い電力密度です。
この超高密度化によって、従来のシステムでは不可能だった大量の電子機器を追加で搭載できるようになり、全体の性能とデータ伝送速度が向上しました。
3-2. 優れた放熱性と軽量化による水中での効率的な運用
深海環境では、熱の処理が非常に重要です。Vicorの電源モジュールは、放熱性に優れており、効率的な伝導冷却(Conduction Cooling)を可能にします。
- 高効率 = 低発熱: BCM/DCMの高い電力変換効率により、発熱量が根本的に低減されます。
- 熱設計の簡素化: 優れた熱特性を持つモジュールは、複雑で重くなりがちなヒートシンクや強制冷却システムへの依存度を下げ、熱設計を簡素化・軽量化します。
これにより、eWROVは水中において、より効率的かつ安定して作動できるようになりました。また、完全電動システムは油圧作動油が不要なため、環境への影響と運用リスクも軽減されています。
まとめ: 深海産業の未来:高性能電源が実現する環境負荷の低減と作業効率の向上
Saab Seaeye社のeWROVは、海洋インフラの点検・メンテナンス分野における「完全電動化」の成功例であり、高性能電源モジュールの戦略的な活用によって実現しました。
VicorのBCMやDCMといった高密度なモジュール電源は、単なる部品ではなく、システム全体の設計自由度を高め、性能を向上させるためのイネーブラー(実現技術)です。特に、高電力密度、小型軽量、優れた熱特性が求められる深海探査や航空宇宙といった極限環境のアプリケーションにおいて、その優位性を発揮します。
今後、水中アプリケーションがさらに増加していく中で、Vicorの電源ソリューションは、次世代の高性能で環境に優しいシステム開発を加速させる鍵となるでしょう。