測定用マイクロホンのプリアンプとは? 【計測ブログ】
測定用マイクロホンの真の性能を引き出し、信頼性の高いデータを得るためには、その信号を処理するプリアンプが不可欠です。本記事では、LEMOとCCPの違いから、プリアンプのダイナミックレンジとノイズフロアの関係、そしてTEDS対応パワーモジュールの実用性まで、音響測定チェーン全体を最適化するための視点と具体的な選定基準を解説します。
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1. なぜプリアンプが必要なのか?その役割と基本的な仕様
コンデンサマイクロホンから出力される電気信号は、インピーダンスが非常に高く、そのままではケーブルの静電容量の影響を強く受け、信号が劣化しやすいという特性を持っています。プリアンプの役割は、この高インピーダンス信号をケーブル伝送に適した低インピーダンス信号へと変換し、信号を安定的に測定器へ送ることです。
1-1. 高インピーダンス信号を低インピーダンスに変換する役割:ケーブル容量の影響排除
プリアンプは、コンデンサマイクロホンの微弱な信号を受け取り、後段のアナライザやデータロガーに接続できるレベルまでインピーダンスを下げて駆動する役割を担います。
このインピーダンス変換の最も重要なメリットは、ケーブル静電容量(RCフィルタ効果)による信号劣化の排除です。インピーダンスが高いまま信号を伝送すると、ケーブルを長くするほど高周波信号が大きく減衰します。プリアンプが信号を低インピーダンスに変換することで、この問題は解消され、数十メートルにおよぶ長いケーブルを使用しても、測定周波数範囲を維持することを可能にします。
GRASのプリアンプは、国際規格IEC 61094に準拠した測定用マイクロホンに対応するよう最適化され、堅牢なステンレス製筐体を採用することで、振動やマイクロホニクス(外部振動によるノイズ)の影響を最小限に抑えています。
1-2. プリアンプのダイナミックレンジ上限を決める電源電圧
プリアンプが扱える信号レベル(ダイナミックレンジの上限)は、主に供給される電源電圧に依存します。
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駆動方式 |
供給電圧の目安 |
最大出力ピーク信号 |
測定可能なSPL上限の傾向 |
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LEMO型 |
±14V DC など(最大 ±28V) |
12 Vpeak(最大 50 Vpeak) |
高レベル音圧測定に強い |
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CCP型 |
24V(定電流電源) |
8 Vpeak(最大 22 Vpeak) |
LEMO型より上限が低い傾向 |
CCPプリアンプとLEMOプリアンプの上限ダイナミックレンジの違い
1-3. プリアンプのノイズ特性が低周波測定に与える影響:最小可聴音圧レベルの測定
測定システムのダイナミックレンジの下限(ノイズフロア)は、マイクロホン自体のノイズとプリアンプが生成する電気ノイズの合計で決まります。プリアンプのノイズは、一般的に低周波数側で支配的になる傾向があり、超低レベル音響信号の測定精度に直結します。
このため、人間の聴覚閾値(約 0 dB SPL)以下の非常に小さな音圧レベルを測定する低ノイズ測定システムでは、プリアンプの低ノイズ性能が不可欠となります。プリアンプが発するノイズが大きすぎると、マイクロホンが捉えた微弱な音響信号がノイズに埋もれてしまい、信頼性の高い低周波データを取得できなくなります。
マイクロホンとプリアンプそれぞれの自己ノイズの一例
1-4. 周波数範囲と挿入損失:測定精度を担保するその他の重要仕様
プリアンプは、マイクロホンが捉えた音響信号の特性を変えることなく、電気信号として伝送する必要があります。この性能を示すのが、プリアンプの周波数範囲と挿入損失(Insertion Loss)です。
- 周波数範囲: プリアンプ自体の周波数特性が広帯域(例:DC~200 kHz)であることで、マイクロホンの持つ広範な周波数特性(特に超音波領域やインフラサウンド領域)を劣化させることなく、そのまま後段の測定器に伝えることができます。
- 挿入損失: プリアンプを介することで信号レベルがどれだけ減衰するか(損失)を示します。高精度なプリアンプは、信号の減衰を最小限に抑えるため、この挿入損失が極めて小さく設計されており、信号忠実度を維持します。
2. LEMO(電圧駆動型)vs CCP(定電流駆動型)の徹底比較
コンデンサマイクロホンに偏極電圧を供給し、プリアンプを駆動する方式には、「外部偏極型(LEMO)」と「事前偏極型(CCP)」の二つがあり、それぞれ異なるメリットとデメリットがあります。
2-1. LEMOの利点:高電圧信号処理と高精度測定の安定性
LEMOコネクタ(通常7ピン)を使用する外部偏極型は、外部から200Vの偏極電圧を供給する必要があります。
- 高精度・高安定性: 長期的な安定性と高温環境下での安定性に優れており、非常にクリティカルな高精度測定に推奨されます。
- 高ダイナミックレンジ: 前述の通り、高い電源電圧に対応し、高レベルの信号処理能力に優れています。
2-2. CCPの利点:シンプルな同軸ケーブルとコスト効率
CCP (Constant Current Power) 型は、マイク内部に永久電極を組み込むことで、外部からの200V偏極電圧を不要とし、定電流(2mA~20mA)で駆動します。CCPは、IEPE (Integrated Electronics Piezo-Electric) やCCLD (Constant Current Line Drive) と互換性があります。
- 配線の簡素化: 信号線と電源線を兼ねるシンプルな同軸ケーブルを使用できるため、配線コストが低く抑えられ、セットアップが容易です。
- プラグ&プレイ: 多くの現代的な測定システムやデータ収集システムに標準対応しており、利便性が高いです。
2-3. 用途別:最適な給電方式を選ぶための判断基準(表形式で比較)
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評価項目 |
外部偏極型(LEMO) |
事前偏極型(CCP) |
選定の目安となる用途 |
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偏極電圧 |
200 V(外部供給必須) |
不要(永久電極内蔵) |
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ケーブル |
7芯LEMOケーブル(特殊) |
同軸ケーブル(汎用性が高い) |
CCP:多数チャンネル、現場測定 |
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最大SPL |
非常に高い(50 Vpeak) |
LEMOより低い(8 Vpeak) |
LEMO:ジェットエンジン音、高出力試験 |
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長期安定性 |
優れている |
LEMOに劣る |
LEMO:標準器、長期モニタリング |
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コスト/利便性 |
高い/複雑 |
低い/容易(プラグ&プレイ) |
CCP:生産ライン、一般騒音測定 |
3. 測定効率と信頼性を高めるパワーモジュールの活用
パワーモジュールは、単にプリアンプに電力を供給するだけでなく、音響測定システムの機能性と信頼性を向上させるための重要な信号調整(コンディショニング)の役割を担います。
3-1. 200V偏極電圧供給とTEDSサポートの重要性
LEMO型システムで使用されるパワーモジュールは、正確で安定した200V DCの偏極電圧を供給することが基本機能です。加えて、最新のパワーモジュールはTEDS(Transducer Electronic Data Sheet)をサポートしています。
TEDS対応のマイクロホンセット(例:GRAS 46XXシリーズ)を使用すると、パワーモジュールやアナライザに接続しただけで、マイクロホンの固有の特性、型番、校正データなどの情報を自動で認識し、システム設定を完了できます。これにより、多チャンネル測定での設定ミスや手間を劇的に削減し、測定効率とデータの信頼性を高めます。
3-2. 風切り音対策にもなるハイパスフィルターとA特性フィルタリング機能
高度なパワーモジュールには、測定信号を調整する機能が組み込まれています。
- A特性フィルタリング: 人間の聴覚感度に近似させるために最も一般的に使用される周波数重み付け(A-weighting)を適用し、より主観的な騒音レベル測定を可能にします。
- ハイパスフィルター: 風の流れなどによって発生する20 Hz以下の低周波音響信号は、アナライザの入力セクションを過負荷にする可能性があります。パワーモジュールのハイパスフィルター機能(例:20 Hz以下の周波数をカット)を使用することで、この問題を回避し、後段の測定チェーンの信号品質を保護します。
まとめ:トータルシステムで考える音響測定の最適解
測定用マイクロホンシステムの選定において、マイクロホン単体の特性(感度、周波数範囲)だけでなく、プリアンプとパワーモジュールの選定は、測定のダイナミックレンジ、ノイズフロア、そして実運用における利便性と信頼性を大きく左右します。
貴社の測定環境や求める精度に応じて、「高精度・高ダイナミックレンジのLEMOシステム」か、「利便性・コスト効率に優れたCCPシステム」かを選択し、TEDS機能などの最新技術を活用することで、音響測定の質を一段階引き上げることが可能です。
システム構築に関するご相談や、GRAS社の特定のプリアンプ・パワーモジュール(GRAS 12BA、12BCなど)の詳細な仕様にご興味がありましたら、お気軽にお問い合わせください。GRAS 測定マイクロホン
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