測定用マイクロホンとは? 【計測ブログ】
測定用マイクロホンの「カプセル」と「プリアンプ」は、測定精度とシステム構築の柔軟性を決定づける二大要素です。本記事では、外部偏極型・事前偏極型カプセル、そして従来型(LEMO)・CCP型(IEPE/ICP互換)プリアンプの動作原理、メリット、デメリットを徹底比較。貴社の測定要件に最適なシステムの選び方を、技術的な視点から体系的に解説します。
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1. 測定用マイクロホンを構成する二大要素:カプセルとプリアンプの役割
測定用マイクロホンセットは、常に「マイクロホンカプセル」と「プリアンプ」の2つの主要コンポーネントで構成されています。この2つが組み合わさることで、音響エネルギーを電気信号に変換し、正確な音響測定が可能になります。
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コンポーネント |
役割 |
技術的な特徴 |
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マイクロホンカプセル |
音響エネルギーを電気信号に変換するセンサー部分。内部のダイヤフラムが音圧の変動に反応し、静電容量の変化として信号を出力します。 |
外部偏極型 と 事前偏極型(エレクトレット) の2種類が存在します。IEC 61094で定義されています。 |
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プリアンプ |
カプセルからの極めて高いインピーダンス信号を、長距離伝送が可能な低インピーダンス信号に変換します。 |
従来型(LEMO) と CCP型(IEPE/ICP互換) の2種類があり、電源供給方式が異なります。 |
2. 測定用と録音・通話用マイクロホンの決定的な違い:精度の担保
一般的に市販されている録音用や通話用のマイクロホンと、ここで扱う「測定用マイクロホン」との間には、その設計思想と要求される性能において明確な違いがあります。この違いこそが、測定用マイクロホンが高価である理由であり、精度の高い音響計測に不可欠な根拠となります。
2.1 測定用マイクロホンに求められる三大要素
測定用マイクロホンは、単に音を拾うだけでなく、「音圧」という物理量を正確に数値化する計測器としての役割を果たします。
- 絶対感度の保証(Absolute Sensitivity):
- マイクロホンに入力された音圧(Pa)に対して、正確に何ボルト(V)の電気信号が出力されるか(単位:mV/Pa)が、製造時に校正(キャリブレーション)され、保証されています。
- 録音用マイクが「音をより良く(心地よく)拾う」ことを目指すのに対し、測定用マイクは「音を忠実に、定量的に拾う」ことを目指します。
- フラットな周波数特性(Flat Frequency Response):
- 可聴域全体(例: 20 Hz〜 20 kHz)において、感度が均一(フラット)であることを保証します。特定の周波数帯域を強調したり、抑制したりすることは計測の妨げとなるため、極力排除されます。
- この均一性により、音の高さ(周波数)に関わらず、その音の大きさ(SPL)を正確に比較・評価することが可能になります。
- 環境変化への耐性:
- 温度、湿度、気圧といった環境条件が変化しても、感度や周波数特性が変動しにくい設計が求められます。特に、外部偏極型カプセルは、この環境安定性に優れています。
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マイクロホンの種類 |
主な目的 |
重要な特性 |
規格準拠 |
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測定用マイクロホン |
計測、分析、絶対値評価 |
絶対感度の保証、フラットな周波数特性、環境安定性 |
IEC 61094 (Class 1, Class 2など) |
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録音・通話用マイク |
収音、コミュニケーション |
音質(心地よさ)、携帯性、特定の周波数特性(例:ボーカル強調) |
特になし(メーカー規格) |
3. 測定用マイクロホンカプセル技術の比較:外部偏極型 vs 事前偏極型
測定用マイクロホンは、IEC 61094規格で定義されるコンデンサ(キャパシタ)型に分類されます。音圧を電気信号に変換するためのコンデンサ構造を動作させる「偏極電圧」の供給方法が、カプセルの種類を決定づけます。
3.1 コンデンサ型カプセルの基本原理
コンデンサ型マイクロホンの主要コンポーネントは、ダイヤフラム(振動板)とバックプレート(固定極)です。これらは空気の隙間(エアギャップ)を隔てて配置され、電気的にコンデンサを構成します。
- 音圧の作用: 音圧によって柔軟なダイヤフラムが上下に振動します。
- 静電容量の変化: ダイヤフラムとバックプレート間の距離が変化することで、静電容量が変化します。
- 電圧信号の出力: コンデンサが偏極されている(電荷が与えられている)ため、静電容量の変化に比例して、マイクロホンは電圧信号の変化を出力します。
3.2 外部偏極型(Traditional/外部バイアス型)の動作原理と特徴
外部偏極型カプセルは、コンデンサを動作させるために外部電源から高電圧(通常 +200V DC)を印加する必要があります。この方式は測定用マイクロホンとして最も歴史が長く、「トラディショナル」タイプとも呼ばれます。
- 動作原理: 外部の専用電源モジュールから、プリアンプのコネクタピンを経由して、カプセルのダイヤフラムとバックプレート間に直接偏極電圧を供給し、正の電荷を与えます。
- 特徴:
- 最大ダイナミックレンジの確保: 外部電源による高い偏極電圧は、カプセル自体の最大音圧レベル(SPL)対応能力を高めることに貢献します。
- 長期・環境安定性: 偏極電圧が外部から供給されるため、湿気や温度変化の影響を受けにくく、長期にわたる安定性と信頼性が非常に高いです。これは、基準器や恒久的なモニタリングシステムにおいて重要です
- システム要件: 必ず高電圧(+200V)を供給できる専用の電源ユニットまたはアナライザ入力が必須となります。
- GRAS製品例: 40AC、 40AF、 40AGなど。
3.3 事前偏極型(Prepolarized/エレクトレット)の動作原理と特徴
事前偏極型カプセルは、バックプレート表面にエレクトレット材料(フッ素樹脂など)の薄層を設け、そこに電荷を埋め込むことで、外部からの高電圧供給を不要としています。
- 動作原理: エレクトレット材料が持つ電荷(通常、負の電荷)が、コンデンサ動作に必要な偏極電圧を内蔵している役割を果たします。
- 特徴:
- CCPシステムとの互換性: 外部の高電圧が不要なため、後述するCCP型プリアンプ(2線式システム)との組み合わせが可能になります。
- システム簡素化とコスト効率: 外部電源モジュールや高価な多線式ケーブルが不要となり、システム全体の構築コスト(特に多チャンネル時)と導入の容易さが大幅に向上します。
- 安定性への留意点: 埋め込まれた電荷は、経年や定格を超える高温環境(通常 85℃ 以上)に長時間さらされると、徐々に失われる可能性があり、わずかな感度低下につながる可能性があります。ただし、現在の技術では通常の測定環境では問題ありません。
- 識別方法: カプセルに通常、平行線などの目印が付いていることで外部偏極型と区別できる場合があります。
- GRAS製品例: 4AE}、 40AM、 40AOなど。
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カプセルタイプ |
偏極電圧の供給元 |
主なメリット |
安定性・高精度 |
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外部偏極型 |
外部電源(+200V) |
最高のダイナミックレンジ、長期・環境安定性に優れる |
基準器、高精度ラボ測定、高SPL測定 |
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事前偏極型 |
内部のエレクトレット素材 |
外部電源不要、コスト低、CCPシステム対応、シンプルな接続 |
汎用測定、フィールド測定(ただし高温環境に注意) |
4. プリアンプ技術の比較:従来型(LEMO) vs CCP(IEPE/ICP)
プリアンプの技術的な違いは、カプセルへの電源供給、そして最も重要な「信号を伝送するための電源駆動能力」にあり、これが最終的な最大SPL限界を決定します。
4.1 従来型プリアンプ(LEMOタイプ)の特徴とメリット
従来型は、多線式の特殊なケーブルとLEMOコネクタ(4ピン、5ピン、7ピンなど)を使用し、信号、プリアンプ電源、外部偏極電圧を別々のワイヤで供給する「電圧駆動型」です。
- 駆動方式: 電圧駆動(例えば ±15V、±60V、+120Vなど)
- 特徴:
- 高電圧駆動: 最大±15V のような高い電源電圧で駆動できるため、プリアンプの最大出力電圧(V peak)が非常に高くなります。
- 最大SPLの優位性: この高い出力電圧により、プリアンプが信号をクリッピング(歪み)させずに処理できる上限(最大SPL)が、CCP比で約 8~ 10dB 高くなります。
- 互換性: 外部偏極型、事前偏極型どちらのカプセルにも使用可能です。(ただし、事前偏極型を使用する場合は、外部の高電圧をOFFにする必要があります。)
4.2 CCP型プリアンプ(IEPE/ICP互換)の特徴とシステム上のメリット
CCP(Constant Current Powering:定電流駆動)型プリアンプは、事前偏極型カプセル専用のシステムで、信号伝送と電源供給を2線式の同軸ケーブルで同時に行うことが最大の特徴です。IEPE、ICP®、CCLDなどは互換性のある規格名称です。
- 駆動方式: 定電流駆動(通常 +24V DC /4mA などの定電流ソース)
- 特徴:
- ケーブルのシンプル化: 安価で汎用性の高いBNC、Microdot、SMBコネクタと同軸ケーブルを使用でき、システムコストを大幅に削減します。
- DAQとの高い親和性: 多くの現代のDAQ(データ収集システム)がCCP電源を内蔵しているため、専用の電源モジュールが不要となり、プラグ&プレイで測定システムを構築できます。
- 動作原理: 信号は、定電流によって生成されるバイアス電圧(通常 12~16V DC)に重畳(スーパーインポーズ)されて出力されます。
- 歴史的背景: 1960年代後半に加速度センサー(ピエゾ型)のために開発され、2000年代以降、マイクロエレクトロニクスの進化により測定用マイクロホンでも十分な性能を発揮できるようになりました。
5. 決定的な違い:システム選定におけるダイナミックレンジとコスト
カプセルとプリアンプの技術の組み合わせは、最終的にユーザーが達成できる「性能の限界」と「システムの経済性」という、測定システム選定の主要なトレードオフを形成します。
5.1 ダイナミックレンジの上限比較:プリアンプの駆動電圧が鍵
プリアンプの最大出力電圧(スイング幅)は、マイクロホンセットが測定できる最大音圧レベル(SPL)の限界を直接的に決定します。
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方式 |
駆動電圧/方式 |
最大信号スイング |
最大SPL優位性 |
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従来型(LEMO) |
高電圧(例えば ±60V、+120V 供給) |
~ 50V Peak |
非常に高い(CCPより 8~ 10dB 程度高い) |
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CCP型 |
定電流(最大 28V 供給) |
~8 ~ 10V Peak |
中程度(DAQの供給電圧に依存) |
- CCPの限界のメカニズム: CCP型は定電流ソースで駆動されるため、出力信号のスイング幅が電源電圧(通常 28V 以下)によって制限されます。例えば、14V のDCオフセット(バイアス電圧)で駆動される場合、最大で ±14V の信号スイングしか得られません。これにより、最大SPLが制約を受けます。
- 【重要】CCPの最大ダイナミックレンジの確保: 最高のダイナミックレンジを得るためには、プリアンプのDCオフセット電圧が、入力モジュールのコンプライアンス電圧の約半分である必要があります。このバランスが崩れると、クリッピングが発生し、ダイナミックレンジが 3~6dB 減少する可能性があります。
5.2 トータルコスト比較:カプセル価格とケーブル・システム費用のバランス
多チャンネルかつ柔軟なシステム構築を想定した場合、CCPシステムが経済性において優位性を持ちます。
- 従来型システム(LEMO)のコスト要因:
- 高電圧電源ユニットが必須。
- 多線式で特殊なLEMOケーブルは高価。
- 外部偏極型カプセルは製造プロセス上、事前偏極型より高価になる場合がある(ただし、CCPシステム全体のコスト削減効果がカプセルの価格差を上回ることが多い)。
- トータルコストが高くなる傾向があります。
- CCPシステム(IEPE/ICP互換)のコスト要因:
- DAQ内蔵電源を利用可能。
- 安価で汎用的な同軸ケーブルを使用可能。
- チャンネル数が増えるほど、ケーブルおよび電源システムの簡素化によるコスト効率が劇的に向上します。
6. まとめ: 貴社の測定環境に最適なマイクロホンセットを選定するために
測定用マイクロホンの選定は、貴社の測定要件と既存の設備に依存します。最高の性能(ダイナミックレンジ)を追求するのか、コスト効率と導入の容易さを追求するのか、明確な判断が求められます。
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測定要件 |
推奨システム |
選択理由 |
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最高精度・高SPL環境 |
外部偏極型カプセル + 従来型LEMOプリアンプ |
プリアンプの高電圧駆動による最大のダイナミックレンジと、カプセルの原理的な高い安定性を確保。 |
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多チャンネル・汎用測定 |
事前偏極型カプセル + CCPプリアンプ |
DAQとのシンプルな接続、安価なケーブル、外部電源不要によるコスト効率と導入の容易さを最優先。 |
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長期信頼性・特殊環境 |
外部偏極型カプセル(プリアンプは性能に応じて選択) |
湿気や高温環境に強く、長期間にわたる信頼性が求められる環境(例:研究室の基準器)に適しています。 |
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