ミリ波レーダの基礎1 [距離・速度・角度検出について]

ミリ波レーダがどのように距離、速度、角度情報を取得しているのか、その具体的なメカニズムをご紹介します。特に、DSP処理することで物標の位置情報や速度を取得するプロセスにご注目ください。

センシング原理の概要

ミリ波レーダの構成およびセンシング原理の概要を図1で示します。
(図1はTexas Instruments(以下、TI社と表記)製ミリ波レーダのIWRシリーズを元にした概略図です。他社製ミリ波レーダでは構成が異なる場合があります。)

図1

 ① シンセサイザから変調波(送信波)を生成
 ② Txアンテナより変調波を送信
 ③ 変調波が物体(物標)にあたり反射、Rxアンテナにて物標からの反射波を受信
 ④ ミキサにて送信波と受信波を混合し、IF(中間周波数)信号を生成
 ⑤ IF信号をADCにかけて得られたデータを元に、各種信号処理を実施して位置・速度情報等を取得※1

※1: DSPの処理は、IWR1443ではハードウェアコプロセッサ、IWR1642ではC674xコアで実行することになります

センシング原理の詳細

先ほどのセンシング原理をもう少し詳しく見ていきましょう。

まずはシンセサイザの部分(図1-①)を見ていきます。ここでは送信波として変調波が生成されますが、なぜ変調する必要があるのでしょうか?一般的に、送受信した電波によって物標を検知するシステムをレーダと呼びます。レーダにおいては、単なる正弦波を送信しても送受信信号間の比較が正しく行えず、物標の位置や速度の検出を行うことができません。そのため、何らかの形で送信電波を変調する必要があるのですが、ここではレーダモジュール評価キットで採用されているFMCW(周波数連続変調)方式をご紹介します。

FMCW(周波数連続変調)方式

FMCW(周波数連続変調)方式は、時間の経過に応じて周波数が直線的に上昇するように変調を行った電波を送信する方式です。この変調を行った送信波をチャープと呼びます。
他の変調方式と比較し、距離と速度測定が同時に可能、回路構成が容易、比較的少ない信号処理で高距離分解能を取得可能といった特徴があります。[1]
FMCW方式では、送受信信号から生成されるIF信号に対して信号処理をかけることで距離や速度、角度を検出することができます。

距離・速度・角度の検出

図1-⑤では、センシング後のデータをDSPで処理し物標の位置情報や速度を取得していると説明しました。ここからは、ミリ波レーダがどのようにしてそれらの情報を取得しているのか詳しく見ていきましょう。

距離検出

距離はIF信号周波数から検出することができます。図2は1つの送信波に対して距離が異なる3つの物標から反射波を受信している様子です。距離によって反射波が得られるまでの時間が異なっていますね。実はそれぞれの反射波ごとに異なる周波数のIFトーンが生成され、それらをすべて合成したものが最終的なIF信号となります。

図2

生成されたIF信号をAD変換後、後段のDSP処理でフーリエ変換 (FFT)を行う事により異なる周波数スペクトルを得ることができ、その結果から物標ごとの距離情報を計算することができます。

図3

速度検出

距離検出と同様に、得られたセンシングデータからFFT処理を行う事により速度情報を得ることができます。

まずアンテナ面から遠ざかる1つの物標の速度検出について見ていきましょう。
速度の算出は以下のようにTcの間隔で送信される2本のチャープを使用し、移動中の物標のある2点から取得できるIF信号の位相差から検出します。

図4

ここでチャープをf-tプロットではなく、A-tプロットでIF信号の位相に着目します。
IF信号の位相は図5のように、TxチャープとRxチャープの位相差より決定されます。
このとき、Rxチャープ受信開始時の位相がTxと等しいため、位相差は0となりIF信号の位相はTxチャープのものと等しくなります。

図5

次に2本目のチャープから得られる(つまり物標が移動した後に得られる)IF信号を見ていきましょう。
物標が移動してアンテナ面から遠ざかり、Rx受信までの時間が先ほどからΔτだけ増えた場合を考えます。 図6のように、Δτによる受信タイミングの遅延によりTx・Rx間の位相に変化が生まれ、これによりIF信号の位相差が発生しているのがわかります。

図6

今度は複数の物標の速度を検出する方法を見ていきましょう。
ここでは測定時に2つの物標が異なる速度で動き、移動前後の位置がそれぞれレーダから見て同距離に存在するケースを考えます。この場合、2つのチャープから生成されるIF信号1, 2に距離FFT処理すると、同じ位置にピークが現れることになり、距離の観点では物標を個別に検知することはできません。しかし図7のように、距離FFT後のデータには位相情報がベクトルとして含まれています(このケースでは2つの物標の位相情報が合成ベクトルとして含まれています)。これを利用することでそれぞれの物標の速度を検知することができ、お互いに区別することができそうです。

図7

送信チャープを一定間隔でN回送信し、その間に移動した物標から得られたIF信号はN回位相変化を繰り返します。 この間の位相変化の累積より、角周波数ωを算出することができます。つまり、距離FFT後のデータに対して更にFFTをかける事により、図8のようにω1、ω2の2つのピークを取得することができ、そこから各物標の速度を求めることができます。

図8

角度検出

最後に角度を検出する方法を見ていきましょう。
角度検出は複数の受信アンテナを用いて、各アンテナ間における位相差を検出することで実現します。
図9のように、ある受信アンテナ(Rx1)から他の受信アンテナ(Rx2)を見たとき、信号を受信するまでの距離に差が生じます。この距離の差が先ほどの速度検出の際の物標移動距離に相当し、同様に位相差を算出できます。

図9

速度検出時と同様に、同距離かつ同速度にある複数の物標からの位相差を比較する場合、IF信号間でピーク位置が同一なため、それぞれのIF信号間の位相を単純比較できません。そこで受信アンテナを複数用意し、それぞれのアンテナにおけるドップラーFFT結果のすべてに対して更にFFTをかけます。その結果、角周波数ωのピークを取得でき、位相差として角度を算出できます。

図10

まとめ

以上、距離・速度・角度のセンシング方法をご紹介しました。図11が関連するDSP処理部のフローとなります。ご紹介した3つのFFTにより、様々な距離、速度条件下で位置を検出することが可能になっています。なお、ご紹介した一連のFFTはミリ波レーダにおける一般的な概念であり、必ずしも同じ方式が用いられているわけではありません。ミリ波レーダで実現するアプリケーションによっては、FFT処理順序や内容などアプリケーションごとに独自に実装・追加する必要があります。
また、必要に応じて
  ・信号のフィルタリング
  ・各FFTの前処理(ウィンドウ処理)、後処理(ピーク検出:CFAR)
  ・検知した点群のクラスタリング(グループ化)、トラッキング(追跡)
  ・アプリケーション独自の判定処理
等のソフトウェア処理を追加することで、アプリケーションとしての”味付け”をしていくことになります。レーダの世界は奥深いですね。

図11

参考文献
[1]梶原昭博, “ミリ波レーダ技術と設計 -車載用レーダやセンサ技術への応用-”, 科学情報出版(2019)